にきび(尋常性ざ瘡)は、皮脂分泌が多い部位に好発する慢性炎症性疾患です。多くの方が「毛穴のつまり」や「菌の感染」が主な原因と考えがちですが、実際には皮脂の「量」と「質」の異常、そして免疫応答の過剰という二つの要素が、その根幹にあります。これらの多面的な病態に対し、従来の外用薬や抗菌薬では十分に対応しきれないこともありますが、イソトレチノインは皮脂と免疫の両方に作用する、唯一の内服治療薬として、重症・難治性にきびに対して大きな治療効果を示します。
本コラムでは、にきびの発症メカニズムから出発し、その根本治療としてのイソトレチノインの意義と作用機序について、段階的に解説していきます。
にきびの病態は、皮脂の増加と変化を出発点とし、角化異常、菌の増殖、炎症へと段階的に進行していきます。
下図は、その一連の流れを視覚的に示したもので、にきびの形成メカニズムを把握するうえでの基本構造を表しています。
図1:皮脂の異常を起点としたにきび形成のメカニズム
①皮脂分泌の増加
アンドロゲン(テストステロンなどの男性ホルモン)により皮脂腺の活動が亢進し、皮脂分泌量が増加します。これは思春期以降に顕著になります。
これにより皮脂腺が肥大化し、皮脂の分泌が著しく増えることが、にきびの出発点とされています。
皮脂は、肌のうるおい保持や抗菌防御に重要な役割を果たす一方で、特定の脂肪酸(オレイン酸やスクアレンなど)は、毛包(一般的に“毛穴”と呼ばれる部位)の詰まりや炎症を引き起こす「コメド原性」を有します。また皮脂が豊富な環境は、Cutibacterium acnes(C. acnes:旧称Propionibacterium acnes)の繁殖に適しており、この菌が刺激となって免疫系が反応し、炎症性にきびへと進展します。
② 皮脂成分の異常
皮脂分泌の量が増えるだけでなく、皮脂の構成もまた変化し、にきびの発症に深く関与します。特に、皮脂に含まれる脂肪酸のバランスの乱れが重要視されています。
にきびのある皮膚では、リノール酸の低下、サピエン酸やスクアレンの増加と酸化などが報告されており、こうした「質」の変化が角化異常や炎症を引き起こす要因になります。こうした点については、第3章で詳しくご紹介します。
③コメド形成
①、②で述べたような皮脂の過剰や脂質バランスの乱れが続くことで、毛包の出口(毛包漏斗部)の角質が異常に厚くなり(角化亢進)、毛包がふさがれやすくなっていきます。
特に、皮脂中のリノール酸が不足すると、皮膚表面のバリア機能が弱まり、角層の水分保持力が低下します。
この状態が続くと、毛包の出口にあたる毛包漏斗部の角質細胞が過剰に増殖・堆積するようになり(角化亢進)、結果として毛包が詰まりやすくなります。これが、にきびの初期段階である面皰(コメド)形成の一因と考えられています。
④ C. acnesの増殖と初期炎症反応
毛包内に皮脂がたまることで、酸素の少ない(嫌気的な)環境が形成され、C. acnesが増殖します。
この菌は皮脂中のトリグリセリドを分解し、遊離脂肪酸を産生します。これらの遊離脂肪酸は、毛包周囲の角化細胞を刺激し、炎症性サイトカイン(IL-1β、IL-8など)の分泌を誘導します。
このようにC. acnesは、炎症を引き起こす「トリガー」としての役割を担っているのです。
⑤ 炎症性病変の形成
C. acnesによって誘導されたサイトカインの影響で、免疫細胞(とくに好中球)が毛包周囲に集まります。好中球は病原体を排除するために活性酸素やプロテアーゼを放出しますが、これが周囲の毛包構造や皮膚組織そのものにも損傷を与え、炎症や組織破壊をさらに助長します。
近年の研究では、こうした炎症反応の背景には「C. acnesに対する免疫応答の過剰な活性化」が関与していることが示されており、にきびは単なる局所感染ではなく、「皮脂の質的異常」や「免疫の異常反応」を含む複雑な疾患と考えられつつあります。
にきびの成立には、皮脂や菌だけでなく、「皮膚の免疫が過剰に反応しやすい体質的な傾向」も深く関わっています。第4章では、そうした免疫の異常と治療薬の関係について詳しく見ていきます。
にきび治療の基本は、皮脂の過剰、毛包内角化異常、C. acnesの増殖、炎症、という4つの病態を標的とする多角的なアプローチです。その中で「皮脂を減らす」ことができる薬は限られており、外用薬や抗菌薬では基本的に皮脂腺には作用しません。
イソトレチノインは、皮脂腺の細胞増殖を抑え、アポトーシス(細胞死)を誘導することで、皮脂腺そのものを縮小させ、皮脂分泌量を最大80〜90%低下させることが確認されています。この変化は一過性のものではなく、皮脂腺細胞のアポトーシスによる構造的な変化を伴うため、治療終了後も長期間にわたって維持されるという特徴があります。これにより、にきびの発生を根本から抑えることが可能となります。
にきびと関わりの深い「皮脂の質の異常」では、皮脂に含まれる特定の脂肪酸や脂質の働きが注目されています。(※脂肪酸は脂質の一部・構成要素)
一般的に皮脂は、トリグリセリドやワックスエステル、スクアレンなどが主成分ですが、その中にわずかしか含まれない脂肪酸や、構成成分の代謝産物であっても、皮膚の状態に大きく影響することがわかってきました。
たとえばリノール酸は、角層のバリア機能を保ち、毛穴のつまりを防ぐ働きがある脂肪酸で、にきびのある皮膚ではその量が低下していることが報告されています。また、ヒト特有の脂肪酸であるサピエン酸は、C. acnesに対する抗菌作用をもつ一方で、炎症を引き起こす可能性があり、皮膚環境のバランスに大きく関わっていると考えられています。
さらに、皮脂に豊富に含まれるスクアレンは、もともと皮膚の保湿や保護に関わる成分ですが、紫外線などにより酸化されてスクアレン過酸化物に変化すると、コメド形成を促進し、炎症性ざ瘡の原因となることが示されています。
このように、皮脂の「質」の異常とは、単に脂の量が多いかどうかだけではなく、脂肪酸の種類や酸化状態などのバランスの乱れを含みます。たとえ微量成分であっても、それがにきびの発症や悪化に深く関与しているのです。
イソトレチノインは皮脂腺のサイズ縮小および皮脂分泌量の大幅な低下を通じて、こうした異常脂質の産生を抑える効果があり、単に皮脂を減らすだけでなく、その質的改善を介して病態全体をコントロールする作用が期待されます。
この皮脂抑制作用は、ホルモン療法(スピロノラクトンや低用量ピル)でもある程度得られますが、これらは女性に限られた治療選択肢になります。一方、イソトレチノインは男女を問わず使用できる汎用性の高い薬剤ですが、催奇形性が極めて強く、妊娠の可能性がある方には厳格な避妊管理と慎重な適応判断が必須です。
にきびは皮脂の異常やC. acnesの関与に加えて、「免疫応答の過剰な活性化」が発症・悪化に深く関わっています。
第2章では、C. acnesの刺激によって好中球が集まり、活性酸素などを放出することで組織障害が起こる初期炎症反応について解説しました。
本章では、近年の研究で明らかになってきた「単球/マクロファージ系の免疫過剰反応」に着目し、それに対するイソトレチノインの働きを取り上げます。
にきびのある方では、免疫細胞(とくに単球/マクロファージ系)がC. acnesに対して過敏に反応し、炎症を強めてしまうことがあります。その背景には、免疫細胞の表面に存在する「TLR-2(Toll様受容体2)」というセンサーのような分子の働きが関係しています。TLR-2は、C. acnesのような細菌を検知して、炎症を引き起こすサイトカイン(IL-1β、IL-6、IL-8など)を放出するスイッチのような役割を担っています。この TLR-2 が過剰に発現・活性化していることで、必要以上に炎症が引き起こされてしまうのです。
この点に着目したDispenzaらの研究(2012年)では、イソトレチノインを内服したにきび症状のある方において、治療開始からわずか1週間でTLR-2の発現が有意に減少し、その後の治療期間中も抑制された状態が維持されたと報告されました。さらに、治療終了後も半年間にわたってこの効果が持続していたことから、イソトレチノインには免疫系を「落ち着かせる」ような持続的作用があると考えられています。
TLR-2の発現が抑制されることで、炎症性サイトカインの産生も低下し、結果としてイソトレチノインは「皮脂の生成」と「炎症の出力」の両方を抑える薬剤といえます。
ただし、イソトレチノインは全体の免疫を抑えるわけではありません。たとえば、免疫の恒常性維持に関わる「制御性T細胞(Treg)」の数や機能には影響を与えないことが知られており、必要な免疫反応は保持したまま、過剰な炎症だけを抑制するという、非常に理想的な免疫調整作用を持っています。
外用レチノイドや抗菌薬、ホルモン療法など従来の治療手段は、それぞれ部分的な病態にしか作用しません。
一方、イソトレチノインは、皮脂腺に対する構造的・機能的なアプローチと、免疫応答に対する深部からの正常化作用の双方を兼ね備えており、にきびの根本的な改善に寄与します。
そのためイソトレチノインは「再発を防ぐ根本治療」を実現できる唯一の薬剤であり、重症・難治性にきびにおいて高い有効性を示します。
◆ 副作用とその管理
口唇炎や皮膚の乾燥、肝機能障害、脂質異常、そして催奇形性、精神面への影響を含む広範な副作用が報告されており、通常のにきび治療薬とは異なる慎重な管理が必要です。
近年、インターネット上での自己購入による使用例も見られますが、この薬剤は一般的な医薬品と比べて管理が非常に重要であり、医師の診察のもとで、体調や検査結果を丁寧に評価しながら使用することが不可欠です。
日本皮膚科学会でも、専門的知識を有する医師のもとで適切に投与されることが望ましいとされています。
◆ 当院での治療体制
当院では、導入前から治療終了後のフォローアップまでを見据えた一貫したスケジュールを整え、定期的な採血や副作用の確認を通じて、安全に治療を継続できる体制を構築しています。
こうした体制のもとであれば、重症または難治性にきびでお悩みの方にとって、イソトレチノインは大きな治療選択肢となり得ます。
イソトレチノインは、皮脂の量と質の異常、炎症、免疫応答の過剰といった、にきびの複雑な病態に多面的に作用する唯一の内服治療薬です。
これにより、従来の治療では難しかった根本的な改善と、再発リスクの低減が期待できます。
一方で、強い副作用を伴うため、専門的な医師による慎重な管理と、定期的な検査が不可欠です。
当院では、安全かつ確実に治療を進められる体制を整えております。
これまでの治療で改善が難しかった方は、ぜひ一度ご相談ください。
skinfinity clinic医師 門沙央理(かどさおり)
参考文献
1) Dispenza MC, et al. Systemic isotretinoin therapy normalizes exaggerated TLR-2-mediated innate immune responses in acne patients. J Invest Dermatol. 2012 Sep;132(9):2198-205.
2) Del Rosso JQ, et al. The primary role of sebum in the pathophysiology of acne vulgaris and its therapeutic relevance in acne management. J Dermatolog Treat. 2024 Dec;35(1):2296855.